【体験談】義理母の癌 (E・Nさん 50代)

【体験談】義理母の癌 (E・Nさん 50代)

義理母の癌

癌の体験談

 

E・Nさん 50代
千葉県 会社員

これは私の愛する人を産んでくれた義理母の話です。

 

当時今の主人と婚約中で挙式も控えていた頃にいつも元気だった義理母が腰が痛くて辛い時がありました。

 

「仕事過ぎかな?」と周囲に言ってたのが始まりでした。

 

ただの年齢に伴う腰痛だろうと本人も周りの家族もそう思っていました。

 

ですが腰痛が日々ひどくなり、安静にしていても痛い……

 

ここまで痛みが続く事に違和感を感じ病院に行って見てもらったところ骨髄に癌ができているとのこでした。

 

義理母は10年前に乳ガンにかかり治癒した経験があります。

 

一般に10年経ったら完治と言われている癌……

 

ですが義理母の場合、それは11年目に再発という形で、しかも手術のできない部分にできてしまったのです。

 

手術ができないということは癌を摘出出来ないという事。それは治療が長引く事を意味していました。

 

義理母の癌との闘い

その日から義理母の癌との二度の闘いの日々が始まりました。

 

辛い抗がん剤治療で髪も抜け落ち、薬の副作用で顔の浮腫み、肌の色もくすんできて元気だった頃の姿はどこにまありませんでした。

 

抗がん剤治療をして半年後、頑張って闘っていた義理母に追い討ちをかけるように癌は脳に転移していました。

 

義理母は「あなた達の結婚式には出席できないかもね。ごめんね。見たかったなぁ」と言いました。

 

いま思えば、自分の命があと少ししかない事を薄々感じてたのかもしれません。

 

私達はどうしても晴れ姿を見せたくて試着でドレスとタキシードを着た私達の写真を義理母に見せました。

 

母はすごく喜び「この写真は引き延ばして家に飾るね」と言いました。この時の時の母の気持ちを考えるとすごく切なくなります。

 

そして闘病から一年半。癌は全身に転移していました。容態も悪くなる一方でした。

 

義理母の最期

でも、ある日義理母は突然、「ご飯が食べたい、甘いものが食べたいな」と言い、まるで元気だった頃みたくお話もでき、調子がすごくいい1日で安心してました。

 

でもそれは最後の兆候でした。

 

次の日、朝から目を覚まさない義理母。呼吸は薄くなり呼び掛けに対し反応もありません。

 

もしかしたら今日が最期かもしれないと医者に言われ身内を呼びました。

 

そして、最期は身体の機能を1つ1つ終わらすようにすごい量の吐血と鼻血を出して最期大きな一息したあと天国へ旅立ちました。

 

あれから2年。義理母のいない生活は穴が空いたような日々でした。

 

少しずつ皆前に進む力が出てきたところです。癌は知らず知らず広がり、知った時には手遅れになってしまう恐ろしい病です。

 

早期発見の大切さ、命の大切さを改めて学んだ気がします。

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